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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)9836号 判決

原告 甲野一郎

〈ほか二名〉

右原告ら三名訴訟代理人弁護士 貝塚次郎

被告 松山東一

被告 竹川西雄

被告 梅谷南司

右被告梅谷訴訟代理人弁護士 大谷昌彦

主文

一  被告らは各自、原告甲野一郎に対し金九六〇万円、原告甲野春子、同甲野秋子に対しそれぞれ金九七〇万円、及びこれらに対する昭和五〇年一二月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの身分関係

原告甲野一郎、同甲野春子、同甲野秋子は、後記犯行により昭和四八年四月一五日午前零時ころ殺害された父甲野太郎及び母甲野花子のそれぞれ長男、長女、次女であって、右両親死亡当時、原告一郎は満一八歳、同春子は満一四歳、同秋子は満八歳であった。

2  被告らの不法行為

(一) 太郎及び花子は、昭和四八年四月当時千葉県○市××××番地の×において原告らとともに居住していたが、太郎は茨城県○○郡○村○○字○○○××××番地先○川河川敷において砂利を採取して砂利販売業を営み、他方花子は右住居地において喫茶店を経営していた。そして、太郎は、その所有にかかる千葉県○市○○○所在の土地、建物及び砂利採取機械などを担保にして、被告松山より融資を受けていた。ところが、被告松山は、同年四月ころ太郎及び花子を殺害することを企て、配下の被告竹川に対し、右両名の殺害を命じたところ、被告竹川は、知人の被告梅谷と共同し、同月一五日午前零時ころ、前記砂利採取現場に設けられた小屋において就寝中の太郎及び花子を絞殺した後その着衣をはぎ、さらに、右両名の死体を前記○川河川敷土手下に埋めて遺棄した。

(二) 仮に、被告松山が、被告竹川に対し太郎の殺害のみを命じ、花子の殺害まで命じなかったとしても、被告松山は、太郎と花子が夫婦であって、かつ、同居していることを知っていたから、太郎を殺害する場合には花子にも危害が及ぶ虞れがあること、また、被告竹川が被告松山に対するへつらいの気持等から花子をも殺害する虞れがあることを予見し、又は予見し得た筈である。

(三) 従って、被告らは、本件犯行により原告らが蒙った後記損害を賠償する義務がある。

3  原告らの蒙った損害

本件犯行後約半年が経過した昭和四八年一〇月初旬ころ、漸く太郎及び花子の死体が発見されたこと、本件犯行により、原告らは、何物にも代え難い両親を失うとともに、未成年の者にとって最大の精神的慰めと憩いの場所である家庭をも失い、生活の不安にさらされたこと、さらに、両親を理由なく殺害され遺棄されたことに対する原告らの無念の思いは生涯消えるものではないこと、その他上記諸般の事情を総合すると本件犯行により原告らの受けた精神的苦痛は、原告ら各人につき、少なくともそれぞれ金一〇〇〇万円をもって慰藉せられるべきである。

4  損害の填補

被告梅谷は、原告らに対し、昭和五一年九月二九日、弁済充当の指定をなさず、前記各損害金の内金として金一〇〇万円を支払ったので、これを原告一郎に金四〇万円、同春子、同秋子にそれぞれ金三〇万円ずつ充当する。

5  よって、被告ら各自に対し、原告一郎は金九六〇万円、同春子、同秋子はそれぞれ金九七〇万円、及び、これらに対する本件不法行為がなされた日以後である昭和五〇年一二月九日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告松山)

1 請求原因1の事実は認める。

2(一) 同2の(一)の事実のうち、原告ら主張の日時ころ、被告松山が太郎の殺害を被告竹川に命じ、被告竹川が同梅谷と共同して太郎を殺害し、その死体を遺棄したことは認めるが、被告松山が被告竹川に花子の殺害をも命じたことは否認し、その余は不知ないし争う。

(二) 同2の(二)は争う。

3 同3は争う。

(被告竹川)

1 請求原因1の事実は知らない。

2(一) 同2の(一)の事実のうち、原告ら主張の日時ころ、被告竹川が被告松山から太郎及び花子の殺害を命ぜられ、被告梅谷と共同して右両名を殺害し、その死体を遺棄したことは認めるが、その余は不知。

3 同3は争う。

(被告梅谷)

1 請求原因1の事実は知らない。

2(一) 同2の(一)の事実のうち、被告松山が花子の殺害をも企て、被告竹川にその旨を命じたことは知らない。その余は認める。

3 同3のうち、太郎及び花子の死体が発見された時期が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

三  被告竹川の主張

被告竹川は、被告松山の命令に従わなければ、かえって自己が同被告に殺害される危険があったため、やむなく、太郎及び花子を殺害してその死体を遺棄したものであるから、これにより原告らの蒙った損害を賠償する義務はない。

即ち、被告竹川は、被告松山と知り合うようになってから、同被告が些細なことで簡単に人を殺すような人間であることが判ったこと、被告松山は犯罪グループを形成してその首謀者の地位にあるものと思われたこと、また、同被告と知り合う以前に自己の身辺に起きた交通事故等がことごとく同被告の仕業によるものであるように思われたことなどから、同被告の命令に従わなければ自己の生命が危ないと考え、その命令に従って太郎らを殺害してしまったものである。

四  被告竹川の主張に対する原告らの認否

右被告竹川の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  原告らの身分関係について

《証拠省略》によれば、請求原因1の事実が認められる(右事実は、原告らと被告松山との間では争いがない)。

二  被告らの責任原因について

1  原告ら主張の日時ころ、被告松山が被告竹川に対して太郎の殺害を命じ、被告竹川が被告梅谷と共同して太郎及び花子を殺害し、その死体を地下に埋めて遺棄したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  そこでまず、被告松山が被告竹川に対し花子の殺害をも命じたか否かについて検討するに(但し原告らと被告竹川との間においては右事実の存したことについて争いがない)、甲第六号証の一及び三(いずれも被告竹川の検察官に対する供述調書)のうちにはこれに沿う供述部分があるが、右供述部分は、《証拠省略》に照らしてにわかに措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3  よってすすんで、被告松山において、被告竹川が花子をも殺害することを予見し又は予見し得たか否かについて検討するに、《証拠省略》を総合し、弁論の全趣旨を参酌すれば、次の各事実が認められる。即ち、

(一)  被告松山は、昭和四七年ころ、遊戯機械の販売・賃貸等を目的とするA株式会社を経営するかたわら、その系列会社として金融を主たる目的とするB興産株式会社(以下、単にB興産という)を設立したうえ、青海北晴にその経営を担当させ、主に建築関係の会社に対する融資を行っていた。

(二)  他方、太郎は、同年九月ころ、C通商株式会社(以下、単にC通商という)を設立したうえ、茨城県○○郡○村○○字○○○××××番地先○川河川敷において砂利を採取して砂利販売業を営んでいたが、右C通商設立前後ころ、自己所有の土地、建物、砂利採取機械等を担保に提供して、前記B興産より設備資金等として総額約六〇〇〇万円位の融資を受けた。しかしながら、C通商は、右債務の返済ができなかったため、昭和四八年二月ころ砂利販売権をB興産に奪われ、さらに、そのころ手形取引停止処分を受けたため、以後B興産から資金援助を抑ぐなど、事実上B興産に支配される状況にあった。

(三)  ところが、太郎は、B興産との約束に反し、採取した砂利を他の業者に売却し、あるいはB興産に対する債務を第三者に肩代わりさせるなどして、B興産の支配を阻止する動きに出た。折から、前記A株式会社の倒産の危機に直面していた被告松山は、同年四月初旬ころ前記青梅より右事実を聞くに及び、このうえは太郎を殺害してC通商を完全にB興産の支配下におき、C通商より得られる利益をもって当時A株式会社が負っていた債務の弁済を行い、その倒産を回避しようと考えるに至った。

(四)  そこで被告松山は、かねて同被告の命ずるまま殺人行為等を実行したことのある被告竹川をして太郎を殺害させようと考え、昭和四八年四月一〇日ころ、A株式会社の事務所に被告竹川を呼び寄せたうえ、同被告に対し、太郎の殺害を命ずるとともに、(但し、その際、右殺害の具体的方法についての指示はなかった)、C通商をめぐる前記のような状況について青海をしてその説明にあたらせたところ、青海は被告竹川に対し、「太郎は、松山の意図に反し、B興産に対する債務を第三者に肩代わりさせるなどして、B興産によるC通商の乗取りを阻止する動きに出ており、また、太郎の妻もこれに関与しているから、右両名を殺害しなければ、松山の意図する目的を達成させることはできない。」などと説明した。これを聞いた被告竹川は、太郎及び同人の妻の両名を殺害し、もって被告松山の意図するところを達成させようと決意するに至った。

(五)  なお、青海が被告竹川に対して右説明を行っていた際、来客があったので、被告松山は、中座した。このため、被告松山は、右説明の具体的内容についてまで知ることはできなかった。

以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

4  以上認定の事実関係、殊に、太郎と花子が夫婦の間柄にあったこと、及び、青海が、被告松山の経営するA株式会社の系列会社であるB興産の経営を主宰し、同被告と緊密な関係にあったことに徴すれば、被告松山は、青海を介して、花子が太郎の前記乗取り阻止行動に関与していることを知っていたものと推認するのが相当であり、そうだとするならば、被告松山は、青海をして被告竹川にC通商をめぐる状況を説明させた際、青海が「太郎のみならずその妻をも殺害するのでなければ、松川の意図する目的を達成することができない。」と説明するであろうこと、さらに、これにより被告竹川が花子をも殺害するであろうことを予見し、しからずとしても、少なくともこれを予見し得た筈であるものといわなければならない。

5  しかるに、前記認定のとおり、被告松山は、被告竹川に対して太郎の殺害を命じた際、右殺害の具体的方法について何ら指示をせず、また、右殺害の目的等に関する説明は青海に一任して、自らはその途中で退席したため、被告竹川は、右被告松山の命令の内容を誤解した結果、被告梅谷と共謀のうえ、太郎のみならず、花子をも殺害するに至ったのである。

従って、これを法律的にみれば、被告松山は、過失により、被告竹川に対し花子の殺害を教唆したことに帰着するものというべきであるから、被告松山は、民法七一九条二項により、右花子の殺害についても、共同不法行為責任を免れないと解するのが相当である。

6  被告竹川の正当防衛の主張について

被告竹川は、自己の生命を防衛するためやむを得ず本件殺害行為をなしたものである旨主張し、同被告本人尋問の結果中にはこれに符合する供述部分があるが、これをもってしても、未だ本件殺害行為が、同被告の生命を防衛するためにやむを得ずなされたものとは認め難く、他に本主張を認めるに足りる証拠はない。

7  以上のとおりであるから、被告らは、本件犯行により太郎及び花子を死亡させた結果、右両名の子である原告らが蒙った後記損害を賠償すべき義務がある。

三  原告らの蒙った損害について

《証拠省略》によれば、本件犯行当時、太郎は三九才(昭和八年一二月一日生)、また、花子は三五才(同一三年一月二三日生)であったことが認められ、さらに、《証拠省略》によれば、本件犯行後約半年が経過した同四八年一〇月初旬ころ、漸く右両名の死体が発見されたことが認められるところ(但し、そのころ右死体が発見されたことについては、原告らと被告梅谷との間では争いがない)、右諸点のほか、前判示にかかる本件犯行の動機、態様、さらに本件犯行時の原告らの年令など本件に顕われた一切の事情を総合して考慮すれば、本件犯行により両親を失った原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は、原告らにつきそれぞれ金一〇〇〇万円と認めるのが相当である(なお、本件弁論の全趣旨によれば、原告らは、本訴において、本件犯行により原告らの蒙った財産上の損害についても、これを慰藉料算定の斟酌事由としてその額に含ませ、いわゆる慰藉料の一律請求をしていることが明らかであるから、当裁判所は、前記慰藉料の算定にあたり、本件犯行により原告らの蒙った財産上の損害の点をも斟酌した)。

四  損害の填補について

被告梅谷が原告らに対し、昭和五一年九月二九日、充当の指定をなさず、前記各損害金の内金として金一〇〇万円を支払ったので、原告一郎において金四〇万円、原告春子、同秋子において各金三〇万円ずつ、それぞれ自己の有する前記損害賠償債権にこれを充当したことについては、原告らの自認するところである。

五  結論

如上の次第であるから、被告ら各自に対し、原告一郎において右控除後の金九六〇万円、同春子及び秋子においてそれぞれ右控除後の各金九七〇万円、及びこれらに対する本件不法行為の日の後である昭和五〇年一二月九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告らの請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷卓男 裁判官 飯田敏彦 近藤壽邦)

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